中東の国、
アラビア半島の一番先にあるイエメンは今…
                      
2015年3月から始まった
「暫定大統領のハーディ」と、
          
イスラム武装組織ホーシーと連携する
「前大統領のサーレハ」の対立により
          
激戦下にある。
                 
その内戦は苛烈。
「暫定大統領ハーディ」をアラブ連合が支援し、
サウジアラビア軍機がイエメンへ空爆を行い、
         
軍関係施設のみならず、
病院・学校・牧場・民家・繁華街など
民間人も爆弾やミサイルの標的となり被害は甚大。
    
イエメン国内は大混乱と惨劇の現場となっているのだ。
      
そして、そこから脱出することができず
やむを得ずイエメン国内に留まっている日本人がいる。 
        
ホダ上地晋乃さん(59)(うえちくみの)
              
ホダさんは、宮古島出身の女性で
イエメン人のご主人と結婚。
イスラム教に改宗し、ホダを名乗り、
5人の子どもをもうけ
家族でイエメン首都サナア郊外に住んでいる。
            
家の前には軍事施設があり
昨年3月に内戦が始まったころは連日、
今でも、週に1〜2回の空爆に脅えて暮らしている。
       
ホダさんがイエメンから脱出できない理由は大きく2つ。
①「お金」/
家族も含めた日本までの渡航費用と、
帰国してからの当面の生活費がない。
イエメンの国自体が困窮しており
とても何十万、何百万というお金は用意できない。  
    
         
②「イエメン国籍の子ども」
5人の子どものうち日本国籍を持っている者は2人。
残り3人はイエメン国籍しか持っていないため、
日本へ入国するためには、実子証明書を手に入れ
ビザ、または難民申請を行なうなど
いくつものハードルがあるのだ。
   
しかも、現在イエメンの日本大使館は閉鎖中。
ヨルダンか、アラブ首長国連邦にいかなければならず、
空爆により民間機も満足に飛んでいないため
それすらままならないののだ
      
  
つまり…
     
これらの理由から、ホダさんは家族とともに
どうしようもなくイエメンで暮らしているのだ。
         
そんなホダさんが求める一番の理想は、
子ども5人を連れてのイエメンからの脱出である。
いつミサイルの餌食になるかわからない国から逃れることである。
           
  
    
今回、ホダ上地晋乃に電話取材することができた。

ホダさんの身の回りで起こっている状況、
イエメン国民の思い、ホダさんの気持ち、  
様々なお話しを聞くことができた。
     
我々にできることは、
少しでも多くの方に知ってもらうことである。
          
同じ日本人が中東の戦時下で耐え忍んで暮らしている。
もしかしたら、これがきっかけで支援できる方法がみつかるかもしれない。
         
そんなわずかな希望を持ち、今回緊急公開いたします。
    
        
またインタビュー映像から書き起こした
ホダさんとのやりとりも下記に公開いたします。
   
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Qホダさんが住んでいるのはどちら?

ここは、私の地区は西側の郊外なんですね。

  
Qサナアの首都からはどれぐらいの距離?

車で20分ぐらいです。
   
うちの家の前すぐ基地なんですよ。
だからこう、サウジあたりで撃ち合いがあると
基地があるところは復讐みたいな感じで
(ミサイルが)落ちてくるわけですよね。
     
でも、去年に比べるとずいぶん空爆は数は少なくなりましたけれども
やっぱり、落ち着かない感じです。
いつくるかわかんないので。
    
   
Q空爆はどれぐらいの頻度で?
    
ラマダンあとはちょっと落ち着いたかな?と思ったんですけど、急に増えましたね
1週間にそうですね、1回きて次の週に2回とか、バラバラですね、
だからあっちの気分次第というのはちょっと表現おかしいんですけど、
サウジの国境線あたりで、例えばサウジあたりがやられたって感じになると、
サナアに復讐だっていうような感じで撃ってくるわけなんですよ。
          
もうホント全然関係ないところもたくさん…
学校とか病院とか撃たれてもう空爆するとこともないと思うんですけれども、
まだ続いてるわけですね。
          
私たち一般人にはわからいところがある。
「どうしてこんなとこ撃つんだろうな」っていう、
なんかこう、こんな言い方あれなんですが
弾が余ってるからしょうがないみたいな感じもします。
             
で、お聞きと思いますが、
(10月)8日の葬儀の弔問会場ですね、
これも凄い悲惨ですね。
      
私が聞いた話しでは、
ミサイルが落ちたゼロポイントのところに座ってた方たちはもう、
見る影もなくただの…
施設は240人って、前言ってたんですけど、
なんですか、肉片とか飛び散るとやっぱり回収できないわけですから、
実際にはどれぐらいの数の死者が出たのか定かではないと思いますね。
        
偶然というか、同じエリアで、私の娘の、昨日卒業式だったんですよ。
同じ、そういうホール会場みたいなところなんですけど、
エリアが同じホント、距離を間違えればあたるような感じのところで、
みんなビクビクしてて、卒業式の華になるはずの学生たちも
列席しない方たちが多くて、
でも、事なきを得て、無事に終わって良かったんですけども。
みんなこう、ビクビクして出席したような感じでした。
    
         
去年の3月26日に(内戦が)始まったときは、
ちょうど雨が降ってて家の中にいたんですね、
最初の一日が、今の時間ぐらいですね(15時頃)、
で、そのときにすごい音がしたんですよ。
「あっ雷かな?」と思ったんですよね。
そのあとにもう一発鳴って、「これは雷なんかじゃない」と思って、
戦争が始まったんだって、
攻撃が始まったんだっていうことをそのときに知った次第です。
     
どこの家もやっぱり、攻撃のすぐ近くですからヒビ入るし、
揺れるしガラスは割れるし、あの、カギをかけておくと、
やっぱり爆風で耐えられなくてガラスが割れるんですよね。
だからみんな冬が寒くてもカギを開けっ放し。カギかけないで。

   
Q爆風の勢いで、窓とか扉が開くように。

そうですね。

  

Q今、イエメンの国民の方々はどんな様子ですか?

そうですね、みんな頑張ってると思いますよ。
頑張らなければしょうがないんだけど、今、10月ですね。
普通だと新学期が始まってるんだけど、親たちも心配で、
いつ飛行機がとんできてバンってやられるか恐いので、いけない。
    
それから、3ヶ月前からも給料がストップしてます。
軍関係、それからここは、兵士をやっている方たちが多いんですよね。
その兵士の給料が入ってこないんですよ。
で、2ヶ月先生の給料も入ってこないので、
やっぱり交通費払って、ここは交通費出ませんから
どういうふうにして学校に通勤できますか?できません。
      
で、子どもたちもやっぱりまだまだ飛行機も毎日飛んでるし、
どこ撃ってくるかわからないから親たちも心配だし、
で、学校も安みって感じです。

      
Q食べ物というのはあるんですか?

一応あります。けれども買うお金がないんです。
援助がきても空爆がきてトラックを、
小麦粉とか積んでるトラックを空爆したりとか、
そういうこともままありますし。

同じムスリムなのになんでこういうことするのかな?
ということばっかりです

     
Qホダさんのところではどういうふうに生計を立てられてるんですか?
     
私のところでは、一応、うちの主人の給料が遅れては入ってきてます。遅れて。


Qご主人はどんなお仕事をされてるんですか?

えっと、放送局です。
  
  
Qテレビ?ラジオ?

アナウンサーとかではなく、機械の方ですね。
メカニックの方をやっています。
  
今は、ラジオ放送局ですか。
でももう空爆でやられて去年から仕事にいってません、
いける状態でもないし。
     
一度、仕事を再開すとるということで、
仕事場にいったらちょうどミサイルが飛んで来て、
もう死ぬ間際というか、もう履いてるサンダルつかんで、
必死にうちに走り戻ってきた状態でした。


Qいつ頃のお話しですか?

去年ですね。
 

Q内戦が3月に始まって、春ですかね?夏ですかね?

夏です。命からがら逃げてきたもんですから、
あちこち傷だらけで、ホント助かってよかったと思ってます。

仕事してるときにミサイルが飛んでくる音が聞こえたらしいんですよね。
これ危ないと思って、身構えたとたんに20mぐらいふっ飛ばされて、
木と衝突して、でもそれでも必死ですから、
起き上がって履物を引っ掴んで、
もう、飛ぶように走るというか、そういう感じで帰ってきました。

     
Qホーシー派と暫定大統領派、
どちらが国民の支持を受けているというのは、出てるんですかね?

前は暫定政権を支持する方もいましたが、今はもう、
私の感じでも90%、そこまでいくかわからないけど、
ホーシー派というか、
前大統領を支持する立場が多いんじゃないですかね。

どうしてかというと、
現大統領というのは、危なくなるとサウジの方へ逃げてっちゃって、
で、結局何をするか、自分の国の国民の大統領でありながら、
サウジの影に隠れて指示してる。
やっぱり、誰も支持しないと思います。そんな大統領。 
  
だけども、
前大統領は住んでる家も、どれだけ空爆を受けたかわかりませんが壊れて、
既に撃つところもないんですけれども、
それでもどこに隠れてるかわからないけど、
とにかくイエメンの中にいる。

その命がけで生きてる国民と一緒に
自分もいつ殺されるかわかんない。っていう状況の中でさえも、
今、どこに隠れているかもわかりませんけども、
「この大統領、私たちと一緒にきてくれてるんだ」という感じで。
前の大統領を支持するほうにやっぱり回るんじゃないかなと思う。

私がこれは聞いた話しですが、
暫定大統領を支持していたグループの人たちもやっぱり、
前大統領のほうに気持ちが動いてきてるみたい、な気がします。

      
Qホダさんのご自宅は基地の目の前で凄く危険じゃないですか。
そこから引っ越しとかどこかに逃げることは難しいんですか?
    
例えば、私の隣の人たち、この基地のそばに住んでる人たちも
空爆が最初起こったとき去年のことなんですけど、みんなパニック状態でした。
     
で、やっぱり今日明日死ぬんじゃないかってやっぱり逼迫感があるので、
みんなこう、とるものもとりあえずって感じでもう、
男の人は(家に)泥棒とか入りますから、家を守らないといけないので、
何人かは残るんですが、女子どもたちは、避難したわけですよね。

だけど、やっぱり長期戦というか長いじゃないですか、
あっちの村の人たちも世話するのも大変だし、食べるのもお金かかるし、
あっちこっち転々とした挙げ句に「もう自分の家で死ぬ」とか言って。
戻ってきて、頑張ってしのいでますね。

でもみんな慣れましたよ。去年に比べれば。


Q慣れた?

慣れた。
飛行機飛んで「あっ撃った」っていう感じ。凄い音ですけどね。
恐いですけどね、昔のような血圧が下がったりとか、
倒れたりしたりとか、そういう人たちが少なくなりました。

    
Qホダさん自身は、この先、
物理的な問題とか現実的な問題があると思うんですけれども、
一番どうしたいと思われていますか?

いや、私の考えとしては、経済的お金が整えば、
それと国の関係がちゃんとしてれば、
どこでもいい出したいぐらいですね。


Qイエメンから出たい

子どもたちを出したいですね。
まず子どもたちを出したいです。
主人はもう自分の国ですから「俺はここで死ぬ」と言ってますが。

私がいって日本で環境を整えれば、一番早道なんでしょうけれども、
やっぱり子どもたちもそんなに簡単に動けるかどうか、
言葉は話せますけれども、日本人みたいに全部理解できるわけではないし。
イチからやり直しですよ。みんな。

    
Q今、パスポートを持ってるのはホダさんだけですか?
    
バラバラなんですよ、えーと、4人男の子、
1人女の子なんですが、2人だけ男の子日本国籍。
で、あとの3人はイエメン国籍。
    
まあ次男の方は大きいですからお金がたまれば出してあげられますが、
今、この子、仕事みつかって危ない地域ではあるんですけどね、
空爆地域で、仕事やってますし、本当に仕事があるだけでもありがたいです。

一番下の子はダウン症なんですよ。
学校いってましたけど空爆でストップして、
もう私たち村の方ですから通学も大変ですし、交通費もかかりますから、
それに学校に置いといても心配しないといけないから、全部ストップですね。
こちらはダウン症教育はあまり進んでいませんから。そういう感じです。

   
早く終わってほしいです。
犠牲が出るのは民間人ですから、
馬鹿なこと考えてるなと思うかもしれませんけれども、
戦争というのは軍隊と軍隊の戦いですからいってみれば、
砂漠にでもいってあっちでやってほしい感じです。
   
早く終わってほしいです。
早く給料がほしい。

お金さえあればモノはあるし、買えるわけですから。

安彦和弘 Kazuhiro Abiko

ケータイ電話越しに聞こえるホダ上地晋乃さんの声からは覚悟と決意を感じた。
イエメンで家族とともに暮らす覚悟。
いずれは子どもたちだけでも国外に脱出させる決意。
この相反している二つの感情は、最善の方法を選択したくても現実に阻まれ、その現実を受け入れざるを得ないホダさんの状況を如実に表している。
   
毎日、ミサイルと空爆に脅えながらの生活から脱するためにはイエメン国外に出るしかない。
しかし、アラビア半島の先端に位置するイエメンは、北をミサイル攻撃してくるサウジアラビア、
東はオマーン、南と西は海で、陸路での脱出は非常に難しい。
飛行機での脱出は、家族7人分の高額な渡航費が行く手を阻み、
また、空港が空爆によりいつ閉鎖されるかわからない不安定な状態だ。  
   
さらに、日本国籍を持っているのは、ホダ上地晋乃さんと、5人兄弟の子どものうち2人のみ。3人はイエメン国籍しか持たず、例えホダ上地晋乃さんが親戚を頼って日本に帰ってきても、イエメン国籍の3人の子どもの入国と滞在は日本の入国管理法によりとてもハードルが高いのだ。
そして、いつまで続くかわかならい日本滞在中の生活費…
   
八方塞がりの状態の中で泣く泣く決めた覚悟が「イエメンで家族とともに暮らす」なのだ。

しかし、同じ日本人としてそんなホダ上地晋乃さんを放っておけないと支援する有志がプロジェクトを立ち上げた。
その活動報告も随時ご報告したい。    
   
ホダ上地晋乃さんの思い。是非聞いてください。